中継チームの仕事(中編)

【3】 機材選定

さて、ここまで検討した内容を基にいよいよ具体的な機材の選定に入ります。

● 音声系

<マイクロフォン>

演奏会の主役である “音楽” を捉える上で最も重要なのが音声系機材、特にマイクロフォンです。今回はオーストリア AKG の C414 を選択しました。第一の選択理由は、数多あるマイクロフォンの中でも私が特に気に入っているモデルだからです。今回の演奏会でもその実力が遺憾無く発揮されると読んで決定しました。このマクロフォンを 2 本使ってワンポイント・ステレオでの収音です。マルチ・マイクではなく、敢えてワンポイント・ステレオで収音です。

<マイクロフォン・プリアンプ>

マイクロフォンの出力レベルは極めて低いため、それをライン・レベルまで増幅する必要があります。それを担うのがマイクロフォン・プリアンプ。いくらマイクロフォンの音質が良くてもプリアンプがイマイチだと全てが台無しになるため、こちらも機材選定には知識と勘と経験が活きます。

今回は RNP8380 というプリアンプを、録音を担当して頂く事になったゴトウさんが持ち込んでくださいました。C414 とのマッチングもなかなか良く、とても好印象でした。

鋭意準備中のゴトウさん(手前)とナカムラ

鋭意準備中のゴトウさん(手前)とナカムラ

<レコーダー>

ライブといっても必ず収録もします。

私は演奏会は必ず DSD フォーマットで録音を行っています。今回もコルグ MR-1000 を用いて DSD (サンプリング周波数: 5.6MHz) で録音しました。

MR-1000

MR-1000

DSD に拘る理由は、やはりその音質にあります。

私は 2006 年にコルグ MR-1 というレコーダーが発売されて以来ずっと DSD に触れて来ましたが、DSD の音質は一言で言うなら極めてナチュラル。

DA-3000

DA-3000

解像感では PCM に分があると感じる場合もあるものの、DSD のシルクのようななめらかさ、空気の密度まで感じさせるような表現力を体験すると、もう DSD を避けて通れなくなります。特にアコースティックな楽器は是が非でも DSD で録るべきでしょう。

PCM-D100

PCM-D100

 

また、今回録音担当の先述のゴトウさんが最新のタスカム DA-3000 とソニー PCM-D100 も持ち込んでくださり、贅沢にも 3 台の機材で DSD 収録という体制をとることが出来ました。DSD 万歳!

 

 

● 映像系

さて、ここから映像系の検討です。中継と聞くと真っ先に映像の事を思い浮かべる人が多いのですが、前述の通り、演奏会は “音楽” が主役であり、音声の品質が命です。

映像はあくまでも脇役で、検討の優先順位も音声の次になります。

<カメラ>

音声が優先とはいえ、決して映像を疎かにしている訳ではありません。

今回、カメラは中小合わせて 4 台投入しました。そのうちメインのカメラに業務用カムコーダー、ソニー HVR-Z7J を使用しています。

HVR-Z7J

HVR-Z7J

ちなみに、カメラを選定するに当たっては、まずどんなショットで構成するかを検討しました。

一般的に、オーケストラ全体が入る “引き” の固定の画は必須。そして、楽曲の進行に合わせて各奏者をハイライトさせる “寄り” の画も必須です。

さらに今回は指揮者がとてもエロいため、指揮者を監視するカメラを外す事は許されません。

そしてさらにもう一台ステージ上にカメラを置いて、何かアクセントとなる画が捉えられれば尚良いだろうと考え、合計 4 台のカメラを投入するに至った訳です。

メインのカメラは前述のソニー HVR-Z7J。これをカメラマンに振ってもらって “寄り” の画を作ってもらいます。

業務用カメラを使用する理由は単に画質が優れているからというだけではありません。フォーカスやズームやアイリスが “完全に” マニュアル操作出来るからです。しかもレンズが剥き出しになっていて各操作リングにすぐ指が届きます。映像表現のために業務用カメラが必要な理由の殆どはそこにあります。

“引き” の固定画には民生用のソニー HDR-CX720V を使用しました。民生用ですが、画質も満足のいくもので、さらにフォーカスもアイリスもマニュアル操作が可能です。もちろん操作性では業務用機に圧倒的に劣りますが、今回の用途は固定カメラですから、これで十分です。

HDR-AS30V

HDR-AS30V

ステージ上の 2 台の固定カメラには昨今小型カメラ市場を賑わせている “アクション・カメラ” を使用しました。ソニー HDR-AS30 と HDR-AS100 です。

この種のカメラのブームの火付け役は今や飛ぶ鳥を落とす勢いの米 GoPro の HERO シリーズで、当然ながら私も保有 (HERO3 Silver & Black) していますが、今回のようにライブ・カメラとして長時間安定動作してもらわないと困る用途では残念ながら GoPro には任せておけないのが実状です。

実は今回、私がこのプロジェクトで最も準備に力を注いだのはこのステージ上の 2 台のカメラでした。

HDR-AS100V

HDR-AS100V

ステージは、中継ベースである映写室から直線距離にして 30~40 メートル離れています。しかも映写室はホールの階上にあり、真面目にケーブルを敷いていたら最短でも 100 メートルからのケーブルが必要になっていたでしょう。カメラが HDR-AS30/AS100 ですから HDMI で接続する事になる訳ですが、HDMI でその距離を延ばすのは無理がありますし、そもそもケーブリングにそこまで労力をかけられません(最悪一人で何でもこなさねばならなくなる可能性もあった訳ですから)。

こうした理由でこれまでステージ上にカメラを置く事は避けて来た訳ですが、今回は前述の通り指揮者の監視が必須であり、どうにかしてこれを実現する必要がありました。

そこで、これまでずっと使ってみたくて機会を探っていたワイヤレス伝送を初めて投入する事に決めました。

ワイヤレス映像伝送方式にも色々ありますが、私が使用したのは AMIMON が開発した WHDI です。この方式では 5GHz 帯を用いて非圧縮の 1080/60p までの映像伝送が可能です。しかも遅延も殆どありません。

一見、無双に思えますが、一つだけ大きな不安を抱えていました。それは本当に電波が届くのだろうかという問題です。

今回使用した伝送装置は仕様書上で見通し 30 メートルの伝送が可能と謳っていました。先述の通り、映写室との直線距離は目測で 30~40 メートル。微妙です(笑)。

これは当日、実際にホールに設置してみるまで判らない訳で、不安を抱えたまま本番の日を迎えたのでした。

この結果については後ほど。

<三脚>

カメラの次は三脚です。

ここで三脚を紹介する理由が理解出来ない方は多いと思います。しかし、映像を表現の手段とする場合は三脚がカメラの次に重要なのです。

今回投入した 4 台のカメラのうち 3 台は固定でしたので、それらの三脚はそれほど神経質にならなくても問題はありません。しかし、メインのカメラは別です。

プロは特別なシチュエーション (ニュース取材やバラエティ番組のロケ、映画・ドラマ撮影時の特殊な効果を狙う場合など) を除いて必ず三脚を使用します。それだけ映像表現には三脚が欠かせません。

三脚は、厳密に言うと大きく二つのパーツから成っています。カメラを固定したり上下左右に振ったり出来るようにする「ヘッド(雲台)」と、所謂脚となる「三脚」の二つです。

特にヘッドは極めて重要で、映像表現としてパンやティルトを行うとき、如何に一定の速さで引っかかり無くスムーズにカメラを動かせるかが大切ですが、上手く出来ないとどんなに高画質なカメラで撮っても全くもって見ていられない酷い映像に成り下がります。

スムーズな動きだけでなく、制動も大切です。

優秀なヘッドはパンやティルトを止めるとき、手を離せばピタッとヘッドが止まります。止まるのは当たり前だろう、と思われるかもしれませんが、“安物” のヘッドでは一度止まってからカックンとわずかな揺り戻しが発生します。それぐらい大したことないように思われるかもしれませんが、映像表現としては大きなマイナス要素です。

これらの条件を検討すると必然的に三脚も業務用を選択することになります。優秀な業務用の三脚メーカーはそれ程多くなく、英 Vinten (ヴィンテン) と独 Sahctler (ザハトラー) がツー・トップと言って差し支えないでしょう。

Vision 11

Vision 11

今回は Vinten の Vision 11 という放送業務用ヘッドと、写真用三脚で世界最高峰といわれる仏 Gitzo のシステマティックカーボン三脚を使用しました。ご参考までにその価格は、Vision 11 が約 60 万円、カーボン三脚が約 12 万円、計 72 万円です。三脚も映像表現の重要なパーツということがお分かり頂けますでしょうか。優秀な三脚メーカーがヨーロッパに集中しているのもまた面白いですね。

今回の HVR-Z7J に対しては少々大きめのヘッドですが、大きな問題はありませんでした。Vision 11 は通常は写真のように大型のカムコーダーなどを載せて使用します。

HDW-700A と Vision 11

HDW-700A と Vision 11

<スイッチャー>

カメラの出力はすべてスイッチャーに入力されます。スイッチャーは入力された複数の映像ソースの中から一系統を選んでプログラム・アウトとして出力させるだけでなく、ソースの切り替え時のトランジション効果を作ったり、画像やタイトルなどを重ねて表示させるなどの機能をもっています。ライブ・プロダクションにはスイッチャーは欠かせない存在です。

画面右上に表示させる ALAPHO ロゴもスイッチャーの機能を利用してスーパーインポーズさせることにしました。

今回使用したスイッチャーは 4 系統までの HDMI 入力が可能で小型・軽量、ネットワーク経由で PC からでも制御可能な業務用スイッチャー、豪 Blackmagic Design の ATEM Television Studio です。業務用レベルの品質をきわめてリーズナブルな価格で提供している優れた製品です。

● 配信系

<音声・映像キャプチャー装置>

いよいよ最終段、配信系です。

音声・映像機器からの最終出力を PC に取り込むのがキャプチャー装置です。

配信 & スイッチャー制御用 PC とスイッチャー・モニター

配信 & スイッチャー制御用 PC とスイッチャー・モニター

当初、単体のインターネット配信機 Cerevo LiveShell Pro を導入しようと思っていたのですが、品薄状態が長く続いていて入手性が低かったため方針変更、新たに PC を調達してその PC でキャプチャーして配信することにしました。

キャプチャー装置には HDMI で入力し、USB で PC に入力します。こうした製品の多くは PC 側でソフトウェアでエンコードしてインターネット側に送信する設計になっているのですが、今回採用した製品にはハードウェア・エンコーダーが搭載されており、PC がそこそこ高スペックだったこともあって、CPU 占有率を僅か数パーセント程度で抑えて配信することが出来ました。

● 連絡系

<インターコム>

当日のスタッフ募集に奇特にも中継チームへの手伝いを申し出てくれた勇者が現れました。カヲルさんです。カヲルさんはプロダクションで現場でバリバリに放送業務用カメラを振っているプロです。この瞬間、メインのカメラをお任せする人 (今回の中継の肝パート) が決定しました。

プロのライブ・プロダクションの現場では、ディレクターが各カメラマンやスタッフに指示を伝達したり情報交換するのにインターコム (intercom; 略してインカムと呼ばれる) を使用します。

今回カヲルさんが登場してくれたことで、スイッチャー操作を担当する私がディレクター役となってカヲルさんに指示を出す必要があるため、インカムも用意する必要が生じました。

ECM-AW4

ECM-AW4

しかし、プロの現場で使用されるインカムは用意出来ないので、代用となるものとして見つけて来た Bluetooth のワイヤレス・マイクロフォン、ソニー ECM-AW4 を使用しました。これは本来、インカム用途を想定したものではなく、完全なる民生用の製品ですが、実際に使ってみると私がやりたかったことが完璧に実現出来、大変に役立ちました。今回使用したアイテムの中で最大のヒットと言って良いでしょう。

カヲルさんにステージ上のカメラを直しに行ってもらった際にも、30〜40 メートル離れたステージ上と中継ベース間でクリアな音声で会話が出来ました。

───後編に続く。


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